good reading, again

本の感想。たまに映画の感想も書くかも。

アンソロジー『この部屋で君と』

タイトルの通り、「同居」をテーマにしたアンソロジーである。『何者』で直木賞を受賞した朝井リョウや『陽だまりの少女』の越谷オサムといった新潮社で名を上げた作家のほか、似鳥鶏坂木司などのミステリ系作家、ラノベ出身の三上延といった作家たちが執筆者一覧に名を連ねている。

本書をユニークなものとしているのは、各短編の頭に付属する居室の間取り図だろう。これには築年数や設備の紹介なども記されており、不動産屋のカタログを思わせる。しかしこのカタログの備考欄には「神様がついてきます」「助走距離がとれます」といった通常のものとはひと味違う一文がついており、否応なく物語への興味をかき立てるものとなっている。アンソロジーの冒頭といえば作者や短編の紹介がお決まりだが、図表を用いたこの演出は非常に新鮮に感じた。

アンソロとしての面白さに目を向ければ、「テーマに縛られた中での作品の多彩さ」は出色といえるだろう。この種のアンソロジーの特色でもあるが、ひとつのお題に基づいて集められた作品群は、当たり前だがそれぞれ毛色が異なるし、テーマに対するアプローチも異なっている。本書もその通りで、ルームシェアの相手を探す若者の話あり、自室に神様を名乗る和装の少女がやってくる話あり、少しひねったところでは関東大震災後の新婚夫婦の話ありと、さまざまな「同居」の形が描かれている。

他者との共同生活のなかで、主人公たちはときに相手と意見を衝突させ、ときに相手の新たな側面を見つけていく。同居相手の怠け癖にイライラを爆発させることもあれば、パートナーの抱えている秘密を見せつけられてしまうこともある。こういった展開は実際なかなかスリリングといえよう。派手なアクションやショッキングなシーンに伴うスリルではなく、登場人物たちの心理を追体験していくこと自体がわくわくするような驚きに満ちていて、ときにはそれが身を焼くように切ない読後感へと繋がっていくのだ。この点で特に面白いのは、会社の先輩との出張先での数泊を描いた「隣の空も青い」だ。先輩の無愛想さと出張先の異国人の優しさを対比させる上手さはもちろんのこと、それが日本に残した恋人への思いや不安へとつながっていくさまが非常に巧みに描かれている。

実を言えば『Story Seller』以降新潮社のアンソロジーには不信感を抱いていた。「アイツら、人気作家を適当に揃えればいいアンソロができると思っていやがる」というような。だが、本書はそれを覆す出来だったといってもいい。強いて不満をあげるなら、朝井リョウの「それでは二人組を作って下さい」が、巻頭に配置するにはややビター色強めなところであろうか。もっとも全体の作品傾向や作家陣のネームバリューを考えるに、「インパクトのある作品を巻頭に」というアンソロジーの鉄則から外れたものではない。そういえば殆どの作品の舞台が首都圏であることに辟易しなかったといえば嘘になるが、これは言ってしまえば地方者の僻みみたいなものである。えっ冷やし中華にマヨネーズ入れるのって普通じゃなかったんですか!?

収録作は以下。

朝井リョウ「それでは二人組を作って下さい」
飛鳥井千砂「隣の空も青い」
越谷オサムジャンピングニー
坂木司「女子的生活」
徳永圭「鳥かごの中身」
似鳥鶏「十八階のよく飛ぶ神様」
三上延「月の砂漠を」
吉川トリコ冷やし中華にマヨネーズ」