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神永学『革命のリベリオン:1 いつわりの世界』
- 作者: 神永学
- 出版社/メーカー: 新潮社
- 発売日: 2014/08/28
- メディア: 文庫
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大災害を契機に、遺伝情報による格付けが公然となされ、職業選択や学問の自由がなくなった近未来の日本。最低ランクに属する主人公の少年はある仕事を請け負ったことで警察に追われる羽目になるが、謎の組織に救助される。そこで社会の抱える欺瞞を知らされた彼は、革命へと身を投じる決意をする。
この筋書きは王道というよりも、むしろ手垢まみれで表面が見えないといった方が正しいかもしれない。どこかの映画館で見たような設定。いつかのアニメで見たような物語運び。初読のはずなのに、どこか懐かしいとすら感じられてしまう。主人公が特訓するシーンに最近の流行りと若干異なるものを感じたが、それくらいだ。
しかし本作で一番不満に思えたのは、先に述べた「既視感たっぷりのあらすじ」ではない。欠陥を抱えた社会への反旗をテーマとしていながら、主人公たちが遺伝情報による格付けシステム自体は否定しないことだ。彼らの目標はそれを悪用する上位層であって、システム自体は必要悪的に描かれる。ここに「革命」という単語に抱くイメージと主人公たちの言動にズレが生じる。いってしまえばフランス革命時にちょろっといた立憲君主制の人たちみたいなものだ。あれ? 革命とは一体……。
目を引く面白みとしては、主人公を取り巻く多彩な脇役の存在がある。逃亡中に出会う上流階級の少女。主人公を逃したせいでクビになり、犯罪組織のメンバーへと堕ちる元警官。救助した主人公に真実を教え、時に厳しく接する組織のメンバー。近所に住むお姉さん。特に前の二者は視点人物としてもそれなりの分量が割かれており、環境や心理の変化が著しいため、下手をすれば主人公パートよりも面白いかもしれない。
新奇性のない作品だが物語はダイナミックに動き、アクションシーンやキャラクターたちの心理描写なども楽しめる。続刊前提の終わり方をしているのがいささか鼻につくが、少なくとも『レアリア 1』よりは楽しく読むことができるだろう。
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アンソロジー『この部屋で君と』
タイトルの通り、「同居」をテーマにしたアンソロジーである。『何者』で直木賞を受賞した朝井リョウや『陽だまりの少女』の越谷オサムといった新潮社で名を上げた作家のほか、似鳥鶏や坂木司などのミステリ系作家、ラノベ出身の三上延といった作家たちが執筆者一覧に名を連ねている。
本書をユニークなものとしているのは、各短編の頭に付属する居室の間取り図だろう。これには築年数や設備の紹介なども記されており、不動産屋のカタログを思わせる。しかしこのカタログの備考欄には「神様がついてきます」「助走距離がとれます」といった通常のものとはひと味違う一文がついており、否応なく物語への興味をかき立てるものとなっている。アンソロジーの冒頭といえば作者や短編の紹介がお決まりだが、図表を用いたこの演出は非常に新鮮に感じた。
アンソロとしての面白さに目を向ければ、「テーマに縛られた中での作品の多彩さ」は出色といえるだろう。この種のアンソロジーの特色でもあるが、ひとつのお題に基づいて集められた作品群は、当たり前だがそれぞれ毛色が異なるし、テーマに対するアプローチも異なっている。本書もその通りで、ルームシェアの相手を探す若者の話あり、自室に神様を名乗る和装の少女がやってくる話あり、少しひねったところでは関東大震災後の新婚夫婦の話ありと、さまざまな「同居」の形が描かれている。
他者との共同生活のなかで、主人公たちはときに相手と意見を衝突させ、ときに相手の新たな側面を見つけていく。同居相手の怠け癖にイライラを爆発させることもあれば、パートナーの抱えている秘密を見せつけられてしまうこともある。こういった展開は実際なかなかスリリングといえよう。派手なアクションやショッキングなシーンに伴うスリルではなく、登場人物たちの心理を追体験していくこと自体がわくわくするような驚きに満ちていて、ときにはそれが身を焼くように切ない読後感へと繋がっていくのだ。この点で特に面白いのは、会社の先輩との出張先での数泊を描いた「隣の空も青い」だ。先輩の無愛想さと出張先の異国人の優しさを対比させる上手さはもちろんのこと、それが日本に残した恋人への思いや不安へとつながっていくさまが非常に巧みに描かれている。
実を言えば『Story Seller』以降新潮社のアンソロジーには不信感を抱いていた。「アイツら、人気作家を適当に揃えればいいアンソロができると思っていやがる」というような。だが、本書はそれを覆す出来だったといってもいい。強いて不満をあげるなら、朝井リョウの「それでは二人組を作って下さい」が、巻頭に配置するにはややビター色強めなところであろうか。もっとも全体の作品傾向や作家陣のネームバリューを考えるに、「インパクトのある作品を巻頭に」というアンソロジーの鉄則から外れたものではない。そういえば殆どの作品の舞台が首都圏であることに辟易しなかったといえば嘘になるが、これは言ってしまえば地方者の僻みみたいなものである。えっ冷やし中華にマヨネーズ入れるのって普通じゃなかったんですか!?
収録作は以下。
朝井リョウ「それでは二人組を作って下さい」
飛鳥井千砂「隣の空も青い」
越谷オサム「ジャンピングニー」
坂木司「女子的生活」
徳永圭「鳥かごの中身」
似鳥鶏「十八階のよく飛ぶ神様」
三上延「月の砂漠を」
吉川トリコ「冷やし中華にマヨネーズ」
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雪乃紗衣『レアリア 1』
- 作者: 雪乃紗衣
- 出版社/メーカー: 新潮社
- 発売日: 2014/08/28
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長きに渡って戦いを繰り広げる「帝国」と「王朝」。「帝国」の政治的トップのひとりオレンディアに養育される少女ミレディアは、皇帝の世継ぎに名乗りを上げた後ろ盾なき皇子を支えるよう命じられ、帝都へと足を運ぶ。そこで彼女が目にしたのは、彼女にとって思い出深い一人の青年だった。オレンディアに拾われる以前の彼女とともに暮らし、四年前の王朝との戦争において彼女の仲間を死に至らしめた男、アキ。彼との再会、皇帝選のゆくえ、そして休戦条約の失効を一年後に控えた二国の思惑が重なりあい、事態は風雲急を告げていく……。
この物語はミレディアを中心として描かれており、その周辺に彼女の守護者たるレナートや凶暴な将軍ギィ、世継ぎの少年、そして彼女にとって大事な存在ながら仇敵でもあるアキが配されている。この男性キャラの百花繚乱ぶりはさすが女性向け小説出身の作家だといえよう。特にミレディアの直属部隊ただ一人の生き残りで、満身創痍ながらも彼女に忠実につき従う「ぽんこつ」レナート、バイオレンスさを発揮しながらもミレディアに対してはどこか優しさのある「死神」ギィといった登場人物は、ミレディアに感情移入する読者にとって大いに魅力のあるものと思えるはずだ。もっとも、ミレディアがこれほどまで彼らに愛されている理由がいまひとつ捉えにくいため、ラブコメ漫画を途中から読むような居心地の悪さを感じてしまう向きもあるだろう。
キャラクターの魅力はともかくとしても、本作にはファンタジー読者が違和感を覚えるだろうポイントが多く存在する。例えば序盤に飛ばされる駄洒落は中世ヨーロッパ風の舞台設定とそぐわないし、本作のシリアス調ともマッチしない。また世界設定との食い違いという点からみれば、比喩表現に用いられる科学用語も同じことがいえる。これでは、世界の構築にあたっての言葉選びがあまりに無頓着すぎると言わざるを得ない。
作品の構造はなかなか複層的なものになっており、過去の回想や多くの視点人物を用いることで、長きに渡る年代記の一部を垣間見ているような感想も抱ける。しかしそれと同時に、この複数視点の導入は読者の混乱をも招く。なかでも本作屈指の読みにくさを誇るのが、二、三文ごとに二者間で視点が交代するアクションシーンだ。テニスのラリーの応酬のような緊迫感ある構図を意図していたのだろうが、それが成功しているとはいいがたい。
そして結局のところ本作で描かれるのは、帝国の終焉を予感させる壮大な物語のはじまりでしかない。「これ一冊のみでは判断できない」というフレーズを使いたくもなるが、そう思った時点で第一巻としては失敗だ。文庫一冊あればイゼルローン要塞は攻略されるし、黄巾の乱だって鎮圧されるのだから。